米粉のクレープに様々な具材を乗せたチャタマリはネパールの伝統料理として長い歴史を持つ人気フードです。
カトマンズ渓谷のネワール族に起源を持ち「ネパールのピザ」の愛称でも親しまれています。
祭りや特別な行事だけでなく日常食としても愛され近年では世界的に知られるようになってきました。米粉を使った生地に肉や野菜、スパイスなどをトッピングした多彩な味わいと、グルテンフリーという特徴を持つチャタマリの魅力を深掘りしていきましょう。
チャタマリの歴史と文化的背景
古代から続くネワール族の伝統料理
チャタマリの起源は数世紀前にさかのぼります。カトマンズ渓谷に住むネワール族が生み出したこの料理は、当初は特別な祭事や儀式の際に提供される儀礼食でした。米を主食とするネワール族の食文化を反映した料理で、限られた食材で栄養バランスの取れた一皿を作り出す知恵が詰まっています。
ネワール族は農耕民族として自分たちが育てた米を中心とした食文化を発展させてきました。彼らの伝統的な家庭では、収穫した米の一部を米粉に加工し、様々な料理に活用していました。チャタマリはその代表的な一例であり、米粉の特性を最大限に活かした知恵の結晶とも言えるでしょう。
歴史的な文献によるとチャタマリは少なくとも13世紀頃から存在していたとされています。マッラ王朝時代(12世紀〜18世紀)のネパールでは、宮廷料理としても親しまれていたという記録があります。当時の王族たちも、祝宴の席でチャタマリを楽しんでいたようです。
祭りとコミュニティの象徴
チャタマリはインドラ・ジャトラやダシャインといったネワール族の重要な祭りには欠かせない料理です。これらの祭りでは家族や友人、地域の人々が集まり、一緒にチャタマリを作って食べることで絆を深めてきました。単なる食べ物ではなく、人々の交流と団結を促進する文化的シンボルとしての役割も担っています。
特にインドラ・ジャトラ(雨の神インドラを祀る祭り)では家々でチャタマリを作り、来客をもてなす習慣があります。祭りの間、各家庭は玄関を開放し、訪れる人々にチャタマリを振る舞うことで、コミュニティの結束を強めてきました。この習慣は今でも続いており、地域社会における食の共有の重要性を物語っています。
また結婚式や出産祝いなどの人生の節目においても、チャタマリは幸福と繁栄の象徴として振る舞われます。特に結婚式では、新婦の家族が新郎側の親族にチャタマリを提供することで、二つの家族の結びつきを祝福する意味があるとされています。
現代社会での位置づけ
かつては特別な日にしか食べられなかったチャタマリですが現在では日常的な食事としても広く親しまれています。カトマンズを中心に、チャタマリ専門店や屋台が増え、地元の人々だけでなく観光客にも人気の料理となっています。また、ネパール国外でも、ネパール料理レストランや世界各地のネパール人コミュニティによって広められています。
都市化と生活様式の変化により忙しい現代人にとって手軽に楽しめるチャタマリの需要は高まっています。特に若い世代の間では、伝統的な味わいを保ちながらも、現代的なアレンジを加えたチャタマリが人気です。カトマンズのトレンディなカフェやフードコートでは、創作チャタマリを提供する店も増えてきました。
また、ネパール観光の発展に伴い、チャタマリは文化体験の一環として外国人旅行者にも広く知られるようになりました。多くの観光客が現地のチャタマリ作り教室に参加したり、食べ歩きを楽しんだりすることで、この伝統料理の認知度は国際的に高まっています。
チャタマリの基本と材料
米粉が生み出す独特の食感
チャタマリの最大の特徴は米粉から作られる生地です。小麦粉ではなく米粉を使うことで、グルテンフリーという現代のダイエット志向にも合致した特性を持っています。薄く伸ばされた米粉の生地は、焼き上げると外側はカリッと、内側はもっちりとした食感になります。
伝統的には、米を水に浸してから石臼で挽いて作る自家製の米粉が使われていました。現代では市販の米粉を使うことも多いですが、本格的なチャタマリを提供する店では今でも自家製の米粉にこだわるところもあります。米の品種によっても食感や風味が変わるため、地域や店によって独自の味わいが生まれます。
米粉生地は発酵させないという点も特徴的です。これにより、さっぱりとした味わいが生まれ、様々なトッピングと相性が良くなります。また、水分量の調整が重要で、薄く伸ばせるけれど形を保つ絶妙なバランスが、おいしいチャタマリの秘訣です。
多彩なトッピングの組み合わせ
チャタマリのトッピングは非常に多様で、家庭や地域によって異なります。一般的には以下のような材料が使われます:
- 肉類:鶏肉、水牛肉、豚肉などのひき肉
- 野菜:玉ねぎ、パプリカ、トマト、にんにく、生姜など
- スパイス:ターメリック、クミン、コリアンダー、チリなど
- 追加トッピング:卵、チーズ(特に山岳地域ではヤクチーズ)
これらの材料を組み合わせることで、さまざまな味わいのチャタマリを楽しむことができます。
季節によっても使われる食材は変わり春には新鮮なハーブ類、夏には多くの野菜、秋冬には保存食や乾燥食材を活用するなど、自然のサイクルに合わせた食材選びも特徴です。また、地域の特産物を活かしたトッピングも人気で、例えばヒマラヤ山脈近くでは野生のキノコやハーブ、テライ地方では熱帯性の野菜などが使われます。
肉を使ったチャタマリが一般的ですがベジタリアン向けのバージョンも広く普及しています。特に宗教的な行事や断食期間中は、肉の代わりに豆類や季節の野菜をたっぷり使ったベジタリアンチャタマリが作られます。
伝統的な調理器具
チャタマリの伝統的な調理には特有の道具が使われてきました。最も重要なのは「タワ」と呼ばれる鉄製の平たい鍋です。これは特にチャタマリ用に作られたもので、熱伝導が均一で、薄い生地をムラなく焼くことができます。昔ながらの家庭では、数世代にわたって受け継がれてきた鉄のタワを使用することもあります。
生地を伸ばすためには「ベラン」と呼ばれる木製の麺棒が使われます。また、生地を整えるための「チャキラ」という小さな木の板も重要な道具です。これらの道具は、世代を超えて受け継がれる家宝としての側面も持っています。
現代では、テフロン加工のフライパンなどより扱いやすい調理器具が使われることも増えていますが、伝統的な道具を使って作るチャタマリには独特の風味があると言われています。
チャタマリの作り方
基本の生地づくり
【材料】
- 米粉 2カップ
- 水 1~1.5カップ(生地の固さによって調整)
- 塩 小さじ1/2
まず米粉と塩を混ぜ合わせます。そこに少しずつ水を加えながら、なめらかな生地ができるまで混ぜ続けます。生地の固さは、薄く伸ばせるけれども流れ出ないくらいが理想的です。生地ができたら10〜15分ほど休ませると作業がしやすくなります。
生地の質感は非常に重要です。固すぎると伸ばしづらく、焼いたときにひび割れてしまいます。逆に柔らかすぎると形を保てず、うまく焼けません。経験豊かな料理人は、米粉の質や湿度などの条件に応じて水の量を微調整し、理想的な生地を作り出します。
一部の地域では、生地に少量のヨーグルトを加えることもあります。これにより生地がより滑らかになり、焼きやすくなるという利点があります。また、風味付けのために少量のギー(精製バター)を加える場合もあります。
トッピングの準備
トッピングは事前に調理しておきます。フライパンで肉と野菜を炒めスパイスで味付けします。完全に火を通しておくことがポイントです。チャタマリの焼き時間は短いため、トッピングの下準備をしっかり行うことが大切です。
一般的な肉のトッピングの作り方は以下の通りです:
【材料】
- ひき肉(鶏肉、水牛肉、豚肉など) 250g
- 玉ねぎ 1個(みじん切り)
- トマト 1個(みじん切り)
- にんにく 2片(みじん切り)
- 生姜 小さじ1(すりおろし)
- 青唐辛子 1~2本(細かく刻む、辛さ調整可)
- ターメリック 小さじ1/2
- クミンパウダー 小さじ1
- コリアンダーパウダー 小さじ1
- ガラムマサラ 小さじ1/2
- 塩 適量
- 植物油 大さじ2
- 新鮮なコリアンダーの葉 適量(みじん切り)
まず油を熱し、玉ねぎを透き通るまで炒めます。次に、にんにくと生姜を加えて香りが立つまで炒めます。ひき肉を加え、色が変わるまで炒めた後、トマトと青唐辛子を加えます。ターメリック、クミン、コリアンダー、ガラムマサラなどのスパイスを加え、塩で味を調え、水分がほとんど蒸発するまで炒めます。最後に新鮮なコリアンダーの葉を振りかけて完成です。
焼き方のテクニック
熱したフライパンや鉄板に薄く油を引き、米粉の生地を薄く広げます。生地が少し固まってきたら、準備しておいたトッピングをのせます。卵を使う場合は、トッピングの上から割り入れます。弱火から中火でじっくり焼き、蓋をして蒸し焼きにすると中までしっかり火が通ります。
チャタマリを均一に焼くためには熱の管理が非常に重要です。最初は中火で生地の底面を素早く焼き、その後弱火に落として中までじっくり火を通します。生地の縁がカリッとしてきて、中央部分がしっかりと固まったら完成の合図です。
伝統的な作り方ではチャタマリを途中でひっくり返すことはありません。トッピングをのせた面は蒸し焼きにすることで調理します。しかし、現代のアレンジでは、両面をカリッと焼くスタイルもあります。特に、チーズを使ったバージョンでは、チーズを溶かすために裏返して焼くことも多いようです。
完成したチャタマリは、熱いうちに食べるのが一番おいしいとされています。伝統的には手で食べることが多いですが、現代では小さく切り分けて、フォークやナイフで食べることも一般的になっています。
Q&A:チャタマリについてよくある質問
Q: チャタマリとピザの違いは何ですか?
A: チャタマリは「ネパールのピザ」と呼ばれることもありますが、小麦粉ではなく米粉を使うこと、発酵させないこと、トッピングが事前に調理されていることなどが主な違いです。また、チャタマリはより薄く、クレープに近い食感を持っています。ピザはチーズが主役であることが多いですが、チャタマリでは様々な具材が均等に重要な役割を果たしています。
Q: 家庭でチャタマリを作る際の代用品はありますか?
A: 本来は米粉を使いますが、家庭で作る場合は米粉と小麦粉を1:1で混ぜたり、グルテンフリーの小麦粉代替品を使うこともできます。また専用の鉄板がなくても、フライパンで代用可能です。トッピングも家にある食材で代用できるのがチャタマリの良いところで例えば伝統的なスパイスがなければ、カレーパウダーなどで代用することもできます。
Q: チャタマリに合う飲み物は何ですか?
A: 伝統的にはネパールの地酒「チャン」や、ヒマラヤの麦から作られる「トンバ」と一緒に楽しまれます。ノンアルコール派には、ネパールの伝統的なミルクティー「マサラチャイ」がよく合います。
また、発酵させた米から作る「ラクシ」という蒸留酒もチャタマリとの相性が良いとされています。夏場には、ヨーグルトベースの飲み物「ラッシー」も口の中をさっぱりさせるのに最適です。
地域によるチャタマリのバリエーション
山岳地方のチャタマリ
ネパールの山岳地方では、地元で取れる食材を活かしたチャタマリが作られています。ヤクのチーズをトッピングに使ったり、高地で育つハーブを加えたりするのが特徴です。また、寒冷地ではより熱量の高い料理が好まれるため、バターやギーを多めに使うことも多いようです。
エベレスト地域のシェルパ族のチャタマリは、高地で育つ野生のタイムやローズマリーなどのハーブを加えることで、独特の香りが特徴です。また、ヤクのミルクから作られる「チュルピ」というハードチーズを細かく削って振りかけることもあります。このチーズは非常に硬く、強い香りを持っていますが、チャタマリの味わいを豊かにします。
山岳地方では、保存食としての側面も持っています。一度に多くのチャタマリを作り、乾燥させて保存することもあります。乾燥チャタマリは長期保存が可能で、特に雪に閉ざされる冬季には貴重な食料源となります。食べる際には水で戻すか、スープに入れて煮込むことで再び柔らかくなります。
平野部テライ地方の辛味チャタマリ
インドと国境を接するテライ地方ではインド料理の影響を受けた辛口のチャタマリが人気です。青唐辛子や赤唐辛子を多めに使い、カレースパイスなども加えた刺激的な味わいが特徴です。暑い気候に合わせた、汗をかいて体を冷やす効果も期待されています。
テライ地方ではアチャール(ピクルス)をトッピングに使うことも特徴的です。マンゴーやライムなどの果物を発酵させた酸味のあるアチャールは、辛いチャタマリのアクセントとなり、味わいの複雑さを増します。更にフェヌグリーク(コロハ)の葉を加えることで、独特の苦味と香りをプラスすることもあります。
平野部では、米の栽培が盛んなため様々な種類の米を使い分けたチャタマリも見られます。特に香り米を使ったチャタマリは芳醇な香りが特徴で祝祭日には欠かせない一品とされています。
まとめ
チャタマリは米粉を使った独特の生地に様々な具材をトッピングするというシンプルながらも奥深い料理は、時代や地域によって多様に変化しながらもその本質的な魅力を保ち続けています。
機会があればぜひ本場のチャタマリを味わってみてください。シンプルながらも奥深いこの料理を通じて、ネパールの豊かな食文化に触れてみてはいかがでしょうか。