バルというスペイン文化【語源から定義まで】

バルセロナのバルの風景 ヨーロッパ

スペイン発祥の「バル」は気軽な食事と飲み物を楽しめる飲食店スタイルとして今や世界中に広がっています。日本でも近年人気を集め街のあちこちに「スペインバル」やシンプルに「バル」と名乗るお店を見かけるようになりました。

しかし多くの人は「バルとは具体的にどういうものなのか」「居酒屋やパブとどう違うのか」といった疑問を持っているのではないでしょうか。この記事ではバルの語源定義、スペインの食での役割から世界各国でのバルカルチャーまで詳しく解説します。

バルの語源と歴史的背景

「バル」という言葉の起源

「バル」(Bar)という言葉の語源については諸説ありますが最も有力なのはスペイン語の「barra」(バーラ)に由来するという説です。「barra」とは「棒」や「カウンター」を意味し元々は店内のカウンターのことを指していました。やがてカウンターで飲食物を提供する店自体を「バル」と呼ぶようになったとされています。

スペルを見てもらえればわかるように英語の「bar」(バー)も同様の語源を持つと考えられていますがスペインのバルは独自の食文化や社交文化と結びついて他国のバーとは異なる独特の存在へと発展しました。

スペインにおけるバルの歴史

スペインでバルが発展したのは19世紀から20世紀にかけてのことです。産業革命と都市化に伴い労働者階級のための手頃な飲食店として広まりました。当初は主にワインやシェリー酒などの酒類を提供する場所でしたが次第に「タパス」と呼ばれる小皿料理も提供するようになりました。

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地中海式の食生活や社交的なスペイン文化と結びつきバルは単なる飲食店を超えて地域社会の重要な交流の場となっていきました。各地方の特色を反映した多様なバルが生まれスペイン全土に浸透していったのです。

バルの定義と特徴

バルの基本的な定義

バルを簡潔に定義すると「気軽に立ち寄って飲み物と小皿料理を楽しめるスペインの飲食店」ということになります。しかしその実態は単純な定義だけでは捉えきれない多様性と奥深さを持っています。

基本的な特徴としては以下のような点が挙げられます。

  • カウンターを中心とした店内構造
  • 立ち飲み・立ち食いのスタイル
  • タパスと呼ばれる小皿料理の提供
  • 地酒やワイン、ビールなどの充実した酒類
  • カジュアルな雰囲気と手頃な価格設定
  • 長時間滞在よりも気軽な利用を想定した営業スタイル

こうした傾向が総合的にバルの定義を形作っているといえます。

他の飲食店との違い

バルと似た概念として英語圏の「パブ」や日本の「居酒屋」、フランスの「ビストロ」などがありますがそれぞれに特徴的な違いがあります。

パブとの違い。英国のパブは主にビールを中心とした酒類の提供に重点を置きフルミールの食事も提供します。対してバルはタパスという小皿料理と多様な酒類(ワイン、シェリー、ビールなど)が特徴的です。またパブが長時間腰を据えて過ごす場所であるのに対しバルは複数軒を「はしご」するという文化が根付いています。

居酒屋との違い。日本の居酒屋はコース料理や定食的な食事メニューも充実していることが多いですがバルはより軽食的なタパスが中心です。またバルはランチタイムから深夜まで幅広い時間帯で営業していることが多く食事というよりも「軽く一杯」という利用もされます。

ビストロとの違い。フランスのビストロはしっかりとした食事を提供する飲食店ですがバルは基本的に小皿料理を気軽に楽しむスタイルです。ビストロが「座って食事をする」場所であるのに対しバルは「立ったままでも食べられる」カジュアルさが特徴です。

スペインのバル文化

地域によるバルの違い

スペイン国内でも地域によってバルの特徴は様々です。

北部バスク地方。「ピンチョス」(「串」という意味のスペイン語で小さな串や楊枝で刺した一口サイズの料理。バスク地方特有のタパスの一種)と呼ばれるつまようじで刺した小皿料理が特徴的で洗練されたバルが多い地域です。サン・セバスチャンは「ピンチョス・バル」の聖地として知られています。

アンダルシア地方。フラメンコの本場として知られる南部の地域ではシェリー酒と生ハム(ハモン・セラーノ)を提供するバルが多く活気ある雰囲気が特徴です。セビリアやグラナダには伝統的なバルが数多く残っています。

マドリード。首都マドリードのバルは多様性に富み伝統的なものから現代的なものまで様々なスタイルが共存しています。特に「メルカド・デ・サン・ミゲル」のような食のマーケット内のバルは観光客にも人気です。

カタルーニャ地方。バルセロナを中心とする地域では地中海料理の影響を受けたタパスを提供するバルが多く洗練されたワインバルも人気です。「ラ・ボケリア」市場周辺のバルは地元の新鮮な食材を活かした料理が楽しめます。

バルの社会的役割

スペインではバルは単なる飲食店を超えた社会的役割を果たしています。地域のコミュニティセンターとしての機能も持ち合わせており地元の人々が日常的に集まり情報交換や交流を行う場所となっています。

またスペイン人の社交的な生活スタイルを支える重要な存在でもあります。仕事帰りに一杯飲んで帰ったり週末に友人と複数のバルをはしごしたりする「バルホッピング」(スペイン語では「イル・デ・タパス」)はスペイン人の生活に深く根付いた文化です。

近年では観光業の発展に伴い観光客向けのモダンなバルも増えていますが地元の人々に愛される伝統的なバルも健在でスペインの食文化を支え続けています。

バルで提供される料理と飲み物

タパスの魅力

バルと言えば「タパス」が代名詞ともいえる存在です。タパスとは小皿で提供される様々な料理の総称でその起源にはいくつかの説があります。

最も有名な説ではかつてワインにハエや埃が入るのを防ぐためグラスの上にパンやハムなどを載せる習慣がありそれがやがて料理として発展したというものです。「タパス」(tapas)という名前自体が「蓋」や「覆い」を意味するスペイン語の「タパ」(tapa)から来ています。

タパスには実に多様な種類があります。代表的なものには以下のようなものがあります。

  • パタタス・ブラバス。ピリ辛ソースをかけたフライドポテト
  • ハモン・セラーノ。スペイン名物の生ハム トルティージャ。
  • スパニッシュオムレツ。これは家庭科でもよく出るいわゆるスペイン風オムレツ(じゃがいも入りのあれです)
  • ガンバス・アル・アヒージョ。にんにくオイルで煮込んだエビ
  • チョリソー。スペイン風辛味ソーセージ
  • アンチョビのオリーブオイル漬け マリネしたオリーブ
  • アーモンドやナッツ類

これらのタパスは一人で数種類を味わうこともありますが友人や家族と分け合って様々な味を楽しむことが一般的なようです。

バルでの飲み物

バルで提供される飲み物も多様です。地域や店のタイプによって主力となる飲み物は異なりますが一般的には以下のようなものが人気です。

  • ワイン。スペインは世界有数のワイン生産国でありバルではリオハやリベラ・デル・ドゥエロなどの地方の赤ワインやアルバリーニョやベルデホなどの白ワインが提供されます。特に「ティント・デ・ベラーノ」(赤ワインにレモネードを混ぜた夏の飲み物)は暑い季節に人気です。
  • シェリー酒。アンダルシア地方特にヘレス・デ・ラ・フロンテーラ産のフォーティファイド・ワイン(通常のワインに蒸留酒を加えて作られる酒)。フィノ、アモンティリャード、オロロソなど様々なタイプがあります。
  • ベルモット。食前酒として特に週末の昼間に人気のある甘口のフォーティファイド・ワイン。(シェリーとベルモットと続けてかくとこの時期は映画で話題の名探偵コナンを彷彿とさせますね。)
  • ビール。「カーニャ」と呼ばれる小さなグラスで提供されることが多く軽くさっぱりとした味わいのラガービールが一般的です。マオウ、エストレージャ・ガリシア、クルスカンポなどのブランドが有名です。
  • カバ。スペイン産のスパークリングワイン。特にカタルーニャ地方で生産されています。

これらの飲み物はそれぞれのタパスとのペアリングを考えて提供されることも多くバルでの食体験をより豊かにしています。

Q&A: バルについてよくある質問

バルとレストランの違いは?

どちらも食事できますがバルはカウンターを中心とした気軽な立ち寄り型の飲食店で小皿料理(タパス)と飲み物を楽しむ場所です。一方レストランは着席してコースの食事を楽しむ場所という違いがあります。

間はないの?と思うかもしれません。あるのです。スペインには「バル・レストランテ」という両方の機能を備えたタイプの店があります。

バルでの適切な楽しみ方はありますか?

スペインでは一つのバルに長居せず複数のバルを「はしご」するのが一般的な楽しみ方です。各バルで1〜2品のタパスと1杯の飲み物を楽しむというスタイルです。

またカウンター越しに店員やマスターと会話を楽しんだり隣り合った客同士で交流することもバル文化の大切な要素です。気軽さと社交性を大切にするとよりバルの魅力を味わえるでしょう。

バルは昼間でも利用できますか?

はいスペインの多くのバルは昼間から営業しており朝食から深夜のドリンクまで一日を通して利用されています。

特に伝統的なバルでは朝のコーヒーとトースト、昼のタパスと軽食、夕方からのドリンクとタパスというように時間帯によって提供するメニューや客層が変化するのも特徴です。

世界に広がるバル文化

ヨーロッパ各国での展開

スペイン発祥のバル文化はヨーロッパ各国にも広がりそれぞれの国の食文化と融合して独自の発展を遂げています。

イタリア。「バチャリ」や「エノテカ」と呼ばれるワインバーがバルに近い存在で地元のワインと軽食を提供しています。特に北部ではアペリティーボという食前酒タイムの文化があり、ドリンクを注文すると小皿料理が無料で提供されるという点がスペインのバルに似ています。

フランス。「バー・ア・ヴァン」(ワインバー)がバルに近い存在で特にパリでは「バル・ア・タパス」というスペインスタイルのバルも増えています。

イギリス。伝統的なパブ文化が根強い一方で近年はスペイン料理の人気と共にタパスバーも増加しています。ロンドンを中心に「ガストロパブ」という食事を重視した新しいスタイルのパブも登場しています。

ポルトガル。「タスカ」と呼ばれる伝統的な小さな飲食店がバルに近い存在で地元のワインとポルトガル料理の小皿を提供しています。

南北アメリカでのバルスタイル

バル文化は大西洋を越えてアメリカ大陸にも広がっています。

米国。特にニューヨークやサンフランシスコなどの大都市では本格的なスペインバルから現地アレンジのタパスバーまで多様なバルが存在します。ワインバーの一部がタパススタイルを取り入れた「アメリカンタパス」という新しいジャンルも生まれています。

メキシコ。「カンティーナ」という伝統的な飲み屋がバルに近い存在でテキーラやメスカルといった地酒とメキシコ料理の小皿(ボタナス)を提供しています。

アルゼンチン。スペインからの移民の影響で「ボデゴン」と呼ばれるバルに似た飲食店があり地元のワインとアルゼンチン料理を楽しめます。

チリ。首都サンティアゴを中心に「ピカーダス」と呼ばれる小皿料理を提供するバルスタイルの店が人気です。

日本におけるバル文化

日本でスペインバルが本格的に広まったのは2000年代以降のことです。スペイン料理への関心の高まりと気軽な飲食スタイルへの需要が合わさって都市部を中心にバルスタイルの店が急増しました。

特に2010年代に入ると「バル」という言葉は単にスペイン料理店だけでなく気軽に酒と食事を楽しめる飲食店全般を指す言葉として使われるようになりました。

このバルブームの背景には従来の居酒屋より少しおしゃれでかつ本格的なレストランほど敷居が高くない飲食スタイルへの需要があったと考えられます。また「少しずつ色々な料理を味わえる」というタパススタイルが日本人の食の好みにもマッチしたことも普及の要因でしょう。

スペインのバルは立ち飲み・立ち食いが基本ですが日本のバルは座席を中心としたスタイルが一般的です。これは日本の飲食文化に合わせたアレンジと言えます。

バルの現代的展開と未来

バルは伝統を守りながらも時代とともに進化を続けています。現代的なバルの展開としては以下のような傾向が見られます。

ガストロバル。伝統的なバルよりも料理に重点を置いた「美食バル」でシェフの創造性を活かした革新的なタパスを提供します。スペインの三ツ星レストラン「エル・ブジ」の元シェフフェラン・アドリアの弟アルベルト・アドリアが運営する「ティケス」などが代表例です。

テーマ特化型バル。ハム専門、チーズ専門、シーフード専門など特定の食材や調理法に特化したバルも増えています。こうした専門性の高いバルは食通を中心に人気を集めています。

フュージョンバル。スペイン料理と各国料理を融合させた新しいスタイルのバルも登場しています。日本ではスペインと和食の融合を試みる料理を提供するバルも存在します。

まとめ

スペイン発祥のバル文化はその気軽さと社交性、多様な料理と飲み物の組み合わせの魅力によって世界中に広がり各地で独自の発展を遂げています。

バルの語源は「カウンター」を意味するスペイン語の「barra」に由来し元々はカウンターを備えた飲食店を指していました。現在では「気軽に立ち寄って飲み物と小皿料理を楽しめるスペインスタイルの飲食店」という定義が一般的ですがその実態は地域や時代によって多様に変化しています。

バルの最大の魅力は美味しい食事と飲み物を通じた社交的な体験にあります。カウンター越しの会話、複数店をはしごする楽しさ、様々な味を少しずつ楽しめる多様性などバルは単なる飲食の場所を超えた文化的な体験を提供してくれます。

時代とともに進化を続けるバル文化は伝統を大切にしながらも新しい要素を取り入れこれからも世界中の人々に愛され続けることでしょう。