最近話題のベトナム米。ベトナムは他のアジア諸国と同じく世界有数のコメ生産国であり、国際的なコメ輸出において重要な位置を占めています。
肥沃なメコンデルタを中心とした豊かな農地と長い稲作の歴史を持つベトナムでは日本と同じようにコメは単なる農産物ではなく国の文化や経済、社会構造と密接に結びついています。
そしてこうしたベトナムのコメ産業において近年急成長を遂げているのがタンロングループです。ニュースでもご存知かもしれませんが日本人の多くの声、小売店からの声が届き、かつての90年代に日本の米不足を救ってくれたタイのようにベトナムのお米を輸出してくれることになりました。
タンロングループはベトナムのコメ輸出を牽引する企業として国内外で近年で注目を集めている企業でもあります。
今回の記事ではベトナムのコメ産業の現状、そしてタンロングループの成長戦略についての少しマニアックな話をお届けします。
ベトナムのコメ産業の現状
ベトナムの米生産地域と特徴
ベトナムのコメ生産は主に南部のメコンデルタと北部の紅河デルタで行われています。
特にメコンデルタは「ベトナムのコメ倉庫」と呼ばれ、国内生産量の約半分を占めています。この地域は肥沃な土壌と豊富な水資源に恵まれ、年に2〜3回の収穫が可能です。
メコンデルタでは高収量品種の導入や灌漑システムの整備によって生産性が向上し、一ヘクタールあたりの収量は過去30年間で大幅に増加しました。1990年代には1ヘクタールあたり約3トンだった収量が、現在では6トン以上に達している地域もあります。
つまり30年間でなんと2倍という効率化です。このような生産性の向上は農業政策による技術普及と農業インフラ整備の成果と言えます。
北部の紅河デルタではより伝統的な稲作が行われており、南部と比べると小規模な農家が多いという特徴があります。気候条件から年間の収穫回数も少なく、一般的には年に1〜2回です。しかし、こちらでも近年は生産技術の向上によって収量が増加傾向にあります。
ベトナム全体では約770万ヘクタールの水田があり、年間約4300万トンのコメを生産しています。これは世界のコメ生産大国である中国やインドには及びませんが世界全体でも第5位の生産量であり、アジアの食料安全保障において重要な役割を果たしているといえるでしょう。
コメの品種と品質
ベトナムで栽培されているコメの品種は多様で、ジャスミンライス(香り米)、IR64(インディカ種の高収量品種)、OM品種(メコンデルタ開発研究所で開発された品種)などが主要なものです。
特に近年注目されているのが、ベトナム独自の高品質香り米の開発です。例えば、「ST24」「ST25」といった品種は国際的なコメコンテストで受賞歴があり、「世界最高のコメ」としての評価を受けたこともあります。これらの品種は、農業科学者のホー・クアン・クアなどの研究者によって開発されたもので、ベトナムのコメの国際的地位向上に貢献しています。
品質面ではかつてのベトナム産コメは低品質・低価格のイメージがありましたが、近年は品質改善への取り組みが進み、中・高級市場への参入も増えています。特に重視されているのが、食味・香り・外観・加工適性などの品質特性の向上です。また残留農薬管理や精米・選別技術の改善など、品質管理全般の強化も図られています。
輸出の動向と主要市場
ベトナムは世界第3位のコメ輸出国であり、年間約600万トンから700万トンのコメを輸出しています。2022年の輸出量は約713万トンで、輸出額は約36億ドルに達しました。主要な輸出先はフィリピン、中国、インドネシア、マレーシアなどの近隣のアジア諸国ですが、アフリカやヨーロッパ諸国への輸出も増加傾向にあります。
近年の輸出動向で注目すべき点は輸出価格の上昇です。ベトナム産コメの平均輸出価格は過去10年間で約30%上昇しており、これは品質向上と高付加価値市場への参入が進んでいることを示しています。
また、輸出先の多様化も進んでいます。伝統的なアジア市場だけでなく、EU諸国や米国、中東諸国などへの輸出も増加しています。特にEU市場では2020年に発効したEU-ベトナム自由貿易協定(EVFTA)の恩恵を受け、関税削減によって競争力が向上しています。
コメの種類別に見ると白米が輸出の中心ですが、近年はパーボイルドライス(蒸し米)や玄米、有機米など、より付加価値の高い製品の輸出も増えています。特に有機栽培米は欧米市場で需要が高まっており、ベトナム政府も有機農業の推進に力を入れています。
そしてこうした時勢の中、今回は高関税とミニマムアクセス制度等で他国からの輸出米は事実上ほぼ入れないようにしていた日本にも、皮肉なことに関税をプラスしても輸出が成り立つほどの値段となったため実現したという訳です。
はっきり言って利益分をもっと乗せても今の日本の米価格であれば儲けにはなります。しかし輸送費と、ほとんどは日本側がかけている関税のためにベトナム米は今の値段になっているわけで、ベトナム側、タンロングループ側は極めて我々日本人にとって良心的な輸出をしてくれたといっていいのではないでしょうか。
タンロングループとは
タンロングループの設立と発展
タンロングループはベトナムのハノイに本社を置く農業関連の大手企業グループです。2000年に設立され比較的新しい企業ながら急成長を遂げ、現在ではベトナム最大級のコメ輸出企業の一つとなっています。
設立当初は小規模な貿易会社としてスタートしましたが、ベトナム政府の農業近代化政策と輸出促進策を背景に急速に事業を拡大しました。創業者のヴー・ティエン・ドゥック氏のリーダーシップのもと2015年以降は特に成長が加速し、コメの生産・加工・輸出のバリューチェーン全体をカバーする総合的な農業ビジネス企業へと進化しています。
タンロングループの成長において重要な転機となったのは、2015年にメコンデルタでの大規模なコメ集荷・加工施設への投資を開始したことでした。これにより、小規模な貿易業者から、生産から輸出までを統合する企業へと発展しました。現在、同グループはメコンデルタの複数の省にコメ集荷・加工施設を持ち、年間約100万トンのコメを扱う能力を有しています。
また、国際的なパートナーとの戦略的提携も成長に大きく貢献しています。特にアジア各国の流通企業との長期契約の締結や、日本やヨーロッパの食品メーカーとの取引関係構築によって安定した輸出先を確保しています。こうした国際的なネットワークの構築が、タンロングループの成長速度を加速させました。
統合されたビジネスモデル
タンロングループの成功の鍵は、「種子から食卓まで」というコンセプトに基づく統合されたビジネスモデルにあります。彼らは単にコメを買い付けて輸出するだけでなく、生産農家との契約栽培、自社農場の運営、精米・加工施設の所有、物流ネットワークの構築、そして独自のブランド開発まで手がけています。
この垂直統合型のビジネスモデルによって得られる主な利点は以下の通りです:
- 品質管理の徹底:生産段階から最終製品まで一貫して管理することで、高い品質基準を維持できる
- トレーサビリティの確保:製品の生産履歴を追跡できるシステムを構築し、食品安全への消費者の関心に対応
- コスト効率の向上:中間業者を排除することでマージンを削減し、競争力のある価格設定が可能
- 市場ニーズへの迅速な対応:最終消費者の嗜好変化に合わせて、生産段階から柔軟に調整できる
特に注目すべきはタンロングループが導入している契約栽培システムです。現在、メコンデルタの数万の農家と契約を結び、栽培方法や品質基準を定めることで、国際市場の要求に合った高品質のコメ生産を実現しています。契約農家に対しては、種子や肥料の提供、技術指導、そして市場価格よりも安定した買取価格の保証などを行っています。
このモデルは農家にとっても利点があります。市場価格の変動リスクを軽減できること、生産技術向上のための支援が受けられること、そして安定した所得が確保できることなどが挙げられます。特に、小規模農家が多いベトナムの農業環境において、このシステムは農家の生活水準向上に貢献していると評価されています。
技術革新と品質管理
タンロングループは技術革新にも積極的に投資しています。最新の精米設備の導入、品質検査システムの整備、そして物流の効率化などに力を入れており、これが国際市場での競争力強化につながっています。
同グループの技術革新の具体例としては、以下のようなものがあります。
- 最新鋭の精米工場:ドイツや日本などの先進的な精米技術を導入。高品質の白米生産を実現している。特に色彩選別機や異物除去装置などの先端設備の導入により、製品の純度と外観品質が大幅に向上している。
- 品質検査ラボ:国際基準に準拠した品質検査ラボを設置し、含水率、砕米率、白度、異物混入などの品質パラメーターを厳格に管理している
- 乾燥・貯蔵施設:収穫後のコメを適切に乾燥・貯蔵するための近代的な設備を整備し、カビの発生や品質劣化を防止している。
また品質管理面でも国際的な基準の導入を進めています。ISO 22000やHACCPなどの食品安全管理システムの認証を取得し、輸出先の厳しい品質要求に対応しています。こうした国際認証の取得は、欧米や日本など高所得市場への輸出拡大において特に重要な役割を果たしています。
さらに、農薬の適正使用や有機栽培の推進など持続可能な農業にも取り組んでおり、これが欧米市場における評価向上にもつながっています。例えば、タンロングループは一部の契約農家と共に、国際的な有機認証取得のための取り組みを進めており、既にEU有機認証やUSDA有機認証を取得した製品の輸出も始めています。
マーケティングと国際展開
タンロングループは、独自のブランド開発と国際的なマーケティング戦略によって、ベトナム産コメの付加価値向上に貢献しています。「タンロン・ジャスミンライス」や「メコンハート」などのブランドを確立し、国際市場での認知度向上に努めています。
マーケティング戦略の特徴として、以下の点が挙げられます:
- 地域別のブランド戦略:輸出先の市場特性に合わせて、異なるブランドや製品ラインを展開している。例えば、欧米市場向けには有機認証を前面に出したエコフレンドリーな製品を、アジア市場向けには食味や香りを重視した製品を提供している
- パッケージングの工夫:真空パック、防湿包装、小分けパックなど、輸出先の消費者ニーズに合わせた多様なパッケージングオプションを提供している
- 国際展示会への積極参加:ドイツのアヌーガ食品見本市や日本のFOODEX JAPANなど、国際的な食品展示会に定期的に出展し、バイヤーとの関係構築やブランド宣伝を行っている
国際展開においては、各国の規制や消費者嗜好の違いに対応するための現地調査も重視しています。例えば、日本市場では粘り気のあるコメが好まれるためそれに合わせた品種の栽培と選別を行っています。また、イスラム圏向けにはハラール認証の取得も進めており、宗教的・文化的要素にも配慮した展開を行っています。
最近では、Eコマースの活用も進めており、アリババやアマゾンなどのグローバルプラットフォームを通じた直接販売も開始しています。これによりB2B取引だけでなく、海外の一般消費者に直接アプローチする機会も増えています。
ベトナムのコメ産業の課題と将来展望
直面する課題
ベトナムのコメ産業とタンロングループが直面している主な課題には、以下のようなものがあります
- 気候変動の影響:特にメコンデルタでは、海面上昇による塩水遡上や干ばつの増加が深刻な問題となっている。2020年には記録的な干ばつと塩水遡上により、コメ生産に大きな打撃を受けた地域もあった
- 国際市場での競争激化:タイ、インド、パキスタンなど他のコメ輸出国との価格競争が激化している。特にタイは高品質コメ市場で強い競争力を持っており、ベトナムのコメ産業にとって大きな競争相手となっている
- 農地の縮小:都市化や工業化に伴い、特に都市近郊の農地が減少している。これにより、コメの生産拡大に制約が生じている
- 若年層の農業離れ:若い世代が農業よりも都市部での仕事を好む傾向があり、農業従事者の高齢化が進行している
- 水資源の確保:灌漑用水の不足や水質汚染の問題が一部地域で顕在化している
タンロングループは、これらの課題に対して様々な対策を講じています。例えば、気候変動対策としては、耐塩性品種の導入や水資源管理の効率化などを進めています。また、競争力強化のために品質向上と付加価値創出に注力し、低価格競争からの脱却を図っています。
持続可能な生産への移行
ベトナムのコメ産業は現在、より持続可能な生産方法への移行期にあります。特にメコンデルタでは、気候変動や塩水遡上の問題に対応するため、耐塩性品種の導入や水資源の効率的利用などの対策が進められています。
また、従来の集約型農業から環境負荷の少ない農法への転換も進んでいます。例えば「3つの削減、3つの増加」(3 Reductions, 3 Gains)と呼ばれる農法では、種子・肥料・農薬の使用量を削減しながら、収量・品質・利益を増加させることを目指しています。この取り組みは国連食糧農業機関(FAO)も支援しておりメコンデルタの多くの農家に普及しています。
タンロングループもこの持続可能性への移行において重要な役割を果たしています。契約農家に対して環境に配慮した栽培方法の導入を推進し、有機栽培や減農薬栽培によるコメの生産量を増やしています。また、灌漑システムの改善や代かき方法の改良など温室効果ガス排出削減のための取り組みも進めています。
こうした持続可能な生産への移行は、国際市場での評価向上だけでなく、長期的な生産基盤の維持という点でも重要です。特に気候変動がコメ生産に与える影響が懸念される中、環境に調和した生産システムの構築は産業の将来にとって不可欠な要素となっています。
品質向上とブランド化戦略
ベトナムのコメ産業は、単なる量的拡大から質的向上への転換を図っています。政府は「ベトナムのコメブランド開発戦略」を策定し、高品質のコメの開発と国際市場でのブランド価値向上に取り組んでいます。
この戦略の一環として、地理的表示(GI)の登録も進められています。例えば、「ホアンロンコメ」(九龍江デルタのソクチャン省産)や「ナムディンの香り米」(紅河デルタのナムディン省産)などが地理的表示として登録され、地域ブランドとしての価値向上が図られています。
タンロングループもこの流れに沿って、独自のブランド米の開発と販促に力を入れています。特に、日本や韓国、欧米などの高所得市場をターゲットにした高級米ブランドの展開が注目されます。例えば「ロンタンジャスミンライス」や「メコンフラワー」といったブランドは、国際的な食品展示会でも高い評価を得ています。
さらに、パッケージングの近代化やデザイン性の向上にも投資しており消費者の目を引く魅力的な製品開発を進めています。こうしたブランド化戦略はベトナム産コメが単なるコモディティから差別化された高付加価値製品へと進化するための重要な取り組みとなっています。
デジタル技術の活用
ベトナムのコメ産業は近年、デジタル技術の活用も進めています。スマート農業の導入、サプライチェーン管理システムの構築、そしてeコマースプラットフォームの活用などが、産業の効率化と近代化に貢献しています。
タンロングループも、こうしたデジタル化の先頭を走っています。同グループは、栽培データの収集と分析によって最適な栽培方法を研究し、農家に提供しています。例えば、気象データと収量データを組み合わせた分析により、地域ごとの最適な栽培スケジュールや投入資材量を算出し、契約農家に提供するシステムを構築しています。
また、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティシステムの構築にも取り組んでおり、消費者が製品の安全性と品質を確認できる仕組みづくりを進めています。消費者は専用アプリを通じて製品のQRコードをスキャンするだけでその製品がどの地域でどのような方法で栽培されたかなどの情報を確認できるようになっています。
さらに、ドローンやリモートセンシング技術を活用した栽培管理も試験的に導入しており、病害虫の早期発見や生育状況のモニタリングに活用しています。これらの技術は、農薬の使用量削減や収量増加に寄与することが期待されています。
このようなデジタル技術の活用は、生産性向上だけでなく、品質管理の徹底や消費者の信頼獲得にも役立っています。将来的には、AIやIoTなどの先端技術のさらなる活用が期待されており、これがベトナムのコメ産業の競争力強化につながるでしょう。
Q&A ベトナムのコメとタンロングループについて
Q: ベトナムのコメはどのような特徴がある?
A: ベトナムのコメは主にインディカ種の長粒米が中心で粒が細長く、炊いた後もべたつきが少ないという特徴があります。
特にメコンデルタで生産される「ナム・ロン」や「ST24」といった品種はその香りと食味で国際的にも高い評価を得ています。
ベトナム南部の気候と土壌の特性により、独特の風味と食感が生まれており、これが国際市場での競争力となっています。また、近年は日本人の好むジャポニカ種(短粒米)の栽培も北部で増えています。
Q: ベトナムのコメ産業が直面している課題は?
A: ベトナムのコメ産業は、気候変動による塩水遡上や干ばつなどの環境問題、農地の縮小、若年層の農業離れなどの課題に直面しています。
また、タイやインドなど他のコメ輸出国との激しい競争も大きな課題です。さらに、国際市場における品質基準の厳格化や持続可能性への要求の高まりに対応するため、生産システムの更なる改善が求められています。これらの課題に対して、政府とコメ企業は様々な対策を講じており、気候変動に対応した新品種の開発、効率的な水管理システムの導入、そして付加価値の高い製品開発などに力を入れています。
まとめ
ベトナムの米産業は長い歴史と豊かな農業資源を背景に近年大きな発展を遂げています。特にメコンデルタを中心とした生産地域では、品種改良や栽培技術の向上によって生産性と品質の双方が向上しています。
また、輸出量の増加だけでなく高付加価値市場への参入や独自ブランドの確立など、質的な成長も進んでいます。
こうした産業発展においてタンロングループのような革新的企業の存在は極めて重要です。同グループは統合されたビジネスモデル、品質管理の徹底、そして持続可能な生産への取り組みを通じて、ベトナムのコメ輸出の新たな可能性を切り拓いています。特に最新技術の導入による品質向上は業界内でのベストプラクティスとして注目されています。
将来的には気候変動への対応や国際市場における競争激化など様々な課題に直面することが予想されますが、持続可能な生産方法への移行、品質向上とブランド化そしてデジタル技術の活用などの取り組みによりベトナムのコメ産業とタンロングループの成長は続くものと期待されます。